民間武術探検隊・外伝
−ある隊員の記録−
謎の民間武術を求めて、中国をさまよう民間武術探検隊。隊員達は、みなひとくせ
もふたくせもあるような強者揃いだ。今回はそんな隊員の一人にスポットをあて、民
間武術探検隊の知られざる一面に迫ってみたい。
第一話 買いかた
我々第二次民間武術探検隊の目的地は、祁氏通背門の故郷「大連」であった。
季節は冬。大連の冬はちょ〜寒い。油条で釘が打てるほど(ではないが)寒い。
この話しの主役は○○隊員である。某市で工場を経営する社長であり、二児の父
でもある。日本の武道もたしなみ、通背拳では、ぼくの師兄にあたる人だ。
そんな○○師兄は、とても真面目な人である。大連に来ても日課の腹筋、腕立て、
そして、早朝マラソンは欠かさない。
大連に着いた翌日、○○師兄は朝早く起き出すと、一人早朝マラソンに出かけて
行った。
生まれて初めて中国に来たとか、言葉が全然解らないとかは関係ないのだ。とに
かく、朝起きたらマラソンに行かねばならないのだ。繰り返すようだが、○○師兄
は真面目なのである。
「男はいつでも戦場に出られるように準備しておかなければならない。」これが、
○○師兄の持論である。
早朝マラソンから帰った○○師兄は、手になにか持っていた。それは、ビニール
袋に入った「油条(ヨウティアオ)」であった。
「しんじん(ぼくの名字の中国語読みである。憶えた中国語は、すぐ使う人である。
繰り返すが、師兄は真面目なのだ。)、これうまいぞぉ。」と「油条」を差し出す。
先ほども言ったが、○○師兄は初めての中国で、言葉も解らないのだ。
「○○師兄、これ、どうしたんですか?」
「いやぁ、屋台が出でて、あんまりうまそうだから買ってきたんだ。」
「どうやってですか?」と不思議がる我々。
以下その再現
早朝マラソンの途中、あまりにうまそうな油条を売っているのを見かけた○○師
兄。屋台にずんずん歩み寄ると、油条を指差し、こう言った。
「これをくれっ。」(もちろん日本語)
数は指で表現したのであろうが、中国で指を使っての数の数え方は日本とは違う。
民間油条商人はいきなり現れた怪しい外国人に面食らったであろう。
何とか民間油条商人には、○○師兄がそれを欲している事は伝わったらしい。
まあ、それは良いだろう。
しかし、その支払いは大胆だ。ありったけの外幣(100元紙幣含む)を(トラン
プのババ抜きように)手に広げて、こう言った。
「どれだぁ〜。」(もちろん日本語)
幸いその民間油条商人は善人だったようで、あくどい事はしなかったようである。
「これが、北京、上海の悪徳商人だったら、お金、根こそぎとられてますぜ。」
と言うと
「ちゃんとお釣もくれたし、良い人だったぜ。」と○○師兄。
人を疑う事をしない純粋な人なのだ。
語句解説
○祁氏通背門の故郷「大連」
ほんとは故郷じゃないけど、修剣痴先師により、大連に広く伝えられ、結構
盛んなので。気分としては故郷って事。
○外幣
中国には二種類の貨幣がある。外国人が使う外幣と中国人民が使う人民幣。
外幣なら、どの店でも買い物ができるが、友誼商店(外人相手の高級な品を
売る店)などでは人民幣は使えない。よって、中国人民も外幣を欲しがる。
しかし、数年前に外幣の制度は廃止され、通貨は人民幣に統一された。
○100元紙幣
中国人にとっては、かなり高額の紙幣。日本の感覚では5万円札くらい(そ
んなのないけど)の感覚のように思われる。第一次民間武術探検で行った河
南省の田舎の店で買い物をしようとした時、100元札しかなくて、それを
見せたら、「これはいくらだ?」と店のおじさんに訊かれてしまった。おじ
さんは、その時、生まれて初めて100元札を見たそうだ。
○中国で指を使っての数の数え方は日本とは違う
五までは指を一本づつ立てて数える。で、違うのは六から。片手で数えるの
だ。六はグーの状態から親指と小指を伸ばす。親指が五のかたまりの意味で、
それに小指の一を加えて六。七は三指訣の螳螂手。親指の五と人差し指と中指
で七。八はグーの状態から親指と人差し指をL字型に開く。漢字の八を表して
いる。九はグーの状態から人差し指を伸ばして、その人差し指の第一関節、第
二関節を曲げた形。月牙叉手のような形。数字の9を表す。十はタダのグー。
ゼロのようだが、十だそうだ。あと人差し指と中指を交差させる人もいる。さ
らに、右手と左手の人差し指で×を作る人もいる。