武田熈著『通背拳法』の翻訳本


 武田熈先生は、大正から昭和にかけて、北京で通背拳を学びました。そして、1936年に自分の学んだ通背拳を「通背拳法」という書物にまとめ、北京で出版しました。当時、外国人が中国武術を学ぶのは容易ではなく、まして武術の書物を出版するなどという事は、閉鎖的な武術界において、考えられない事だったようです。事実、武田熈先生は、破門を覚悟で出版を決行したそうです。

 その「通背拳法」はいくつかの出版社(中国、台湾)から出版され(ほとんどが海賊版だが)続け、日本でも東京は神田神保町あたりの中国語専門書店で購入することができます。しかし、当然のことながら、中国語で書かれています。しかも、旧字で非常に細かく記されているため、日本人が読解するのは困難です。今までに翻訳を試みた人も結構いると思いますが、完成した人はあまりいないでしょう。かく言うボクも学生時代に翻訳を試みたものの、わずか数頁で挫折しました。 翻訳を完成した人もいると噂には聞いた事がありますが、実物を見る機会はありませんでした(翻訳した人に知り合いがいなかった)。しかし、先日、遂にそれを目にする事ができたのです!なぜなら、ボクの兄弟子、清水宏一師兄(とその友人の鎗田準治さん)が翻訳本を出版したからです。

 1996年春、清水師兄の友人で合気道を練習されている鎗田準治さんから「武田熈先生の『通背拳法』を翻訳したいのだが、アドバイザーとして協力してくれないか?」と清水師兄のところに話しがありました。鎗田さんは空手の経験があり、打撃に関しても知識があるので、「一緒に勉強してみないか?」というお誘いでした。清水師兄は、前々からその本を読んでみたいと思っていたので、協力することにしました。そして、週に一回、二人で会って作業をすることになりました。鎗田さんが下訳、清水師兄がそれをチェックし動きを確認、二人で文章を作成しました。一回の作業は3時間以上にも渡り、清水師兄はそれを持ち帰り、更に確認作業をしたそうです。そして翻訳もなるべくわかりやすいようにといろいろと苦労されたようです。

「『通背拳法』の翻訳作業をしている」という事で、清水師兄は武田熈先生の事が常に気になっていたそうです。

 その年の暮れ、新聞の死亡欄に「武田熈」先生の名前が掲載されました。それを人づてに聞いた清水師兄は、武田熈先生の御存命中に翻訳作業が終わらなかったことを、大変後悔したそうです。喪が明けるのを待って、清水師兄は遺族の方に手紙を出しました。しかし、その返事は清水師兄をとても驚かせるものでした。手紙には「通背拳法の武田熈は生きている」と書かれていたのです!
 実は、亡くなった「武田熈」氏は「通背拳の武田熈」先生とは、同姓同名の別人だったのです。しかし、「熈」というめずらしい漢字を使った名前、(しかも同姓)という事で、二人の武田熈氏は知り合いだったのです。(他にもう一名いるそうです>武田熈 全国で三人とか)手紙には通背拳法の武田熈先生の連絡先が記されていました。

 清水師兄は、早速、「通背拳法」の翻訳をしている旨、手紙にしたため、武田熈先生に送りました。しかし、数カ月しても何の返事もなく、もしかして一足違いで武田熈先生も・・・と思っていたそうです。
 翻訳もやっと三割ほどになった1997年6月、武田熈先生から返事が来ました。その返事には、原稿用紙5枚に渡る「日本語訳 序文」が添えられていました。清水師兄は「今度こそ間に合わせなければ」と作業を急ぎました。そして、10月には草稿を持って武田熈先生に会いに行く事ができたそうです。

 翻訳開始から2年、遂に1998年年4月1日、『通背拳法(日本語訳)』は、出版(自費)されました。素晴らしい出来です。写真も新たに撮り直したものが入っています(モデルは清水師兄、120枚程度)。ハードカバーで、発行部数は50部。関係者に少し配った後は、多くの同好の士に見てもらいたいとの事から、残り全てを図書館に寄贈するそうです。

 武術の世界に足を踏み入れて、十数年たちますが、時折、運命というか縁というか、不思議な巡り合わせだなぁーと感じる事に出会います。

注:翻訳は「通背拳法」全文ではなく、中核であろう24手のところだけです。

                             1998.04 わたる


「通背拳法日本語版」寄贈先

北海道-
  北海道立図書館
東北-
弘前市立図書館
秋田県立図書館
仙台市民図書館
北陸-
富山県立図書館
金沢市立泉野図書館
北関東-
栃木県立図書館
埼玉県立浦和図書館
首都圏-
国立国会図書館
東京都立中央図書館
西関東-
横浜市中央図書館
南関東-
千葉県立中央図書館
中部-
県立長野図書館
山梨県立図書館
愛知県図書館(愛知芸術文化センター内)
中国-
岡山県総合文化センター
山口県立山口図書館
四国-
愛媛県立図書館
高知県立図書館
九州-
宮崎県立図書館
熊本県立図書館
福岡県立図書館
沖縄-
那覇市立石嶺図書館
以上の図書館からは、受領ハガキが師兄の元に届いたので、本は行ってます。
しかし、「その本をどうするかは図書館側の判断として構わない」という取り決めで送ったので、実際に蔵書としてあるかどうかは不明だそうです。

あと、送ったけど、受領のハガキが来なかったところに
真砂図書館(東京都文京区)
福井県立図書館
などがあり、図書館名は忘れてしまったそうですが、大阪、京都にも送ったそうです。

もし、見かけたら「この図書館にあったよ」と教えていただければ、嬉しいです(^-^)

                             わたる

2000.12.08 千葉県立中央図書館、確認のお知らせを頂きました。
      ありがとうございました>金原さん