民間武術探検隊

大連秘宗拳

 

 およそ2年半の沈黙を破り、遂に新シリーズ公開!!。
 大連の武術界のもう一つの大勢力、秘宗拳の神髄に迫る!!
 刮目して見よ!!!!!!

 

第一章 協力して欲しいね

 

ある日、師父から電話があった。
「今度、大連に秘宗拳の兄弟子達、訪ねに行くよ。わたしの兄弟弟子、みんな年寄り。今のうちに行かないとみんな死んでしまうよ。日本では秘宗拳のことほとんど知られてないね。この機会に秘宗拳のいろいろビデオに撮って記録残そうと思うよ。新井さん一緒に来て協力して欲しいね。」

諸事情により、中国への民間武術探検から離れて久しいボクだが、「これはボクが行かねばっ!」と即決した(心の中で)。
98年以来、実に四年ぶりの大連行きとなった。
今回はいつもの訪中と異なり、短期間で成果を必ずあげねばならぬため、少数精鋭の探険隊だ。
選抜されたのは、過去探検パーフェクト参加の北村同学とボク。
果たして、どんな老師達に会い、どんな経験ができるのであろうか?
久しぶりの訪中にボクの小さな(?)胸は高鳴った。

ここで大連の秘宗拳について簡単に説明しておこう。

『大連の秘宗拳は、武術の郷、滄州出身の蘇明遠の流れを汲む。
蘇明遠が山東省煙台に武館を作り、その時の弟子、孫日勝、李樹山が大連に秘宗拳を伝えた。
孫日勝門下では、趙風亭、郭良玉、李樹山門下ではは、王子華の功夫が特に優れていた。(ボクの師父常松勝は趙風亭門下である)
創始伝説として有名なのは、水滸伝の登場人物、廬俊義が創始したというものである。
宋朝時代、少林寺で武術を学んだ廬俊義が、それを発展させ新しい門派を編み出したというものである。そして、廬俊義はその全伝をやはり水滸伝の登場人物、燕青に伝え、燕青がこの拳に創意工夫を加え、遂に完成させたという。後に燕青はこの武術を広く普及させたので、いつしかその名をとり、燕青拳と呼ばれるようになった。しかし、燕青は英雄ではあるが、革命の志士であったため、修行者はその名を冠す燕青拳を学ぶことで反動分子とみなされるのを恐れ、「宗師の名を秘す」拳、すなわち「秘宗拳」と名を改めたと言う。この説を証明する文献などはないが、秘宗拳修行者の間には代々語り継がれる伝説である。
「秘宗」は中国語で「mizong=ミゾン」と発音される。このミゾンと同じ発音で「迷踪」と表記する一派がある。この名称を使うのは、上海に精武体育会(初めは精武体操学校)を作った霍元甲である。最も迷踪「拳」ではなく迷踪「芸」であるが。日本で秘宗拳というと「複雑な歩法を用いて、相手を幻惑させるような攻撃を行う」というイメージが強いが、それはおそらく迷踪芸ではないかと思われる。大連の秘宗拳は、特徴的な歩法はあるが、動作が大きく、姿勢がはっきりとし、スピーディーな攻撃、とりわけ腿法が多いことに特徴がある。霍元甲と精武体育会は、李小龍(ブルース・リー)の映画、精武門(邦題:ドラゴン怒りの鉄拳)のモデルとなった。セガのバーチャファイターのパイは燕青拳、ラウは虎燕拳を使い、いかにも秘宗拳に関係がありそうだが、ゲーム中の技はどれも秘宗拳の技とは言い難い。』

成田から大連への直行便は、以前は週に数便であったが、今では毎日ある。それだけ、大連と日本の関係が密になったということか?ボクにはあまりピンとこないが、便利になったのは確かだ。
久しぶりの中国国際航空の座席には変わりはなかったが、機内食は格段に美味くなっていた。空中小姐(スチュワーデス)に「チキンorフィッシュ?」と聞かれる時「じーろう(鳥肉)」と敢えて中国語で答えるとニッコリされる事が多い。民間武術(小姐?)探険隊としては、必ず押さえておきたいポイントの一つだ。成田から大連までは三時間、アッという間だ。(しかし、高崎から成田までの三時間は長く感じるのはなぜ?)
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。軽い着陸のショックで目を覚ますと、もう新しくなった大連空港だった。飛行機を降りると、以前感じた中国特有の匂いもあまりないような気がする。ゲートを出ると大勢の出迎え。いつものように知った顔もいれば知らない顔もいる。その場で先生に紹介されるがいつものように憶えきれない。そしていつものように知らない人の後に付いて行けと言われ、知らない人の車(マイクロバス)に乗る。幸い国信師兄(本名:張国信。別名:髭の男。しかし、今は髭がない。常松師父大連時代の徒弟)と同じ車だったので、多少は気が楽だった。
国信師兄は二人掛けの椅子のボクの隣りにデカイ身体を押し込むようにして坐ると、「ひさしぶりだな」「子供生まれたんだって?」とかいろいろ話しかけてくる。久々の中国語はキクなぁ〜と思いつつ、久々の怪しい中国語を使う。「子供は男か?女か?」と聞かれ「男だーだだだだっ!」と答えると、国信師兄は親指を立てて「やったな!」と嬉しそうだ。

バスから見る大連の夜景で驚いたのは、灯りが増えた事だ。
以前は、もうそれこそ「真っ黒!」って位真っ暗だったが、ド派手なネオンや「今日はクリスマスかっ!」というような電飾の列が連なっていた。車の数もずいぶん増えていた。
そうこうするうちにバスは中華料理屋のような店構えの所に停まった。ここでメシか?と思ったが、ここが今回の我々のベース基地「民康酒店」だった。これを「みんこうさけてん」と読んではいけない。清く正しい普通話で「みんかんじょうでぃぇん」と読む。
そう!「みんかん」なのだ。
なんという偶然の一致!神のなせる技か!「みんかん(←日本語)」武術探険隊が泊まるホテルは「みんかん(←中国語)」酒店なのだ〜だだだだだっ!!!
国信師兄に「しんじん、飢不飢?(腹減ったか?)」と聞かれたボクは機内食を食ったのも忘れ、元気に「飢了!(腹減った)」と返事する。じゃあ、メシ行こうぜ!って事で、夜の大連に繰り出す我々探険隊一行と出迎え軍団。
入り口は別だが、同じ建物の隣りが、中華風ファーストフードの店だったので、とりあえず、そこに入る。服務員小姐はミニスカパン(古い?)という出で立ち。大連も変わったのぅ。常松師父は麺が食べたいと言う。14〜15人の大人数なので、テーブルを移動したりしてわざわざ席を作ってもらう。国信師兄が注文に行くが、直ぐ戻ってきて、「ここは麺もないし、料理はみんな小皿ばかりでダメだ!」と言う。わざわざ席も用意してもらっているというのに、何も頼まずお茶だけ飲んで出ていく我々探険隊一行と出迎え軍団。これで、良いのか?と、かすかにうしろめたさが脳裏をよぎるが、ここは中国。きっとこれが中国流に違いないと自分を納得させ、みんなの後に従う。
しばらく行った先の店に入る。入り口を入った所には、水槽やたらいに様々な魚や貝が。美味そうじゃん!
個室に案内され、料理を待つ。逆さまに付いている急須の注ぎ口に中国を感じつつ、また大連に来たんだなぁ〜とシミジミする。
料理もジャンジャン運ばれてきた。ビールも来た。国信師兄が「しんじんはビールがダメだったな」と憶えていてくれる。
ボクの前にはアイスバーが突っ込まれた雪碧(スプライト)が置かれた。
ふふ、やはりここは中国だ。
明日からどんな探検ができるのか?ワクワクワクしながら、あま〜い雪碧に口をつけた。

 重要(?)語句解説

○即決した(心の中で)。
 嫁さんにお伺いをたてないと決めることはできない。円満な家庭を維持する智恵
 そして、話すタイミングも難しいのだ。

○清く正しい普通話
 いわゆる標準語の事。ぷぅとんほぉわ、と読む

○中華風ファーストフード
 残念ながら写真なし。失敗した。

○逆さまに付いている急須の注ぎ口
 写真参照
 日本じゃあり得ないでしょう、これは

○アイスバーが突っ込まれた雪碧
 中国の飲み物は冷やされていない場合が普通(かな?今回の大連では未だそうでした。)。
 で、国信師兄が気を利かせて、アイスバーで冷やしてくれたという訳だ。
 このアイスバーのも中国を感じさせる(「北極氷二代」と書いてある)

 


 次章予告

 早朝、労働公園に向かう探険隊!

 いつになく気合いの入った常松師父!

 今回は期待できるのか!?

 そして、夜!妖艶な中華デビ夫人(仮称)と熱唱する北村隊員!

 

 刮目して待て!次章「題名未定」

 

 2003.2.1 民間武術探検隊 わたる

 

次章 題名未定

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